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不登校期間に勉強をしなかった結果、大人になって感じたこと

SNSを見ていると、
不登校のお子さんが「勉強をしていないこと」を
不安に感じている親御さんの声を、よく目にします。

実際、自分自身が不登校だったころを振り返ってみると、
正直に言えば、あまり勉強はできていませんでした。

「机には向かってみるものの、まったく集中できない。」
「そもそも学校に行っていないので、授業の内容が分からない。」
「その状態が続いて、だんだんやる気もなくなっていく。」

そんな悪循環の中で過ごしていたように思います。

今振り返ると、当時は生活全体が不安定で、
常に頭がぼんやりしているような感覚がありました。
勉強にしっかり向き合える精神状態では
なかったのかもしれません。

不登校期間中の自分は、
「好きなことをして、気が向いたら机に向かう」
そんなスタンスで過ごしていました。
もちろん、集中できることはほとんどありませんでした。

ただ、不登校を経験し、その後社会に出て
いろいろな経験をした今だからこそ、

「不登校の期間であっても、
 自分のペースでいいから、
 少しずつ勉強に触れておいたほうがよかったな」

そう感じる部分も、正直あります。

この記事では、
不登校のあいだに勉強にあまり取り組まなかった自分が、
大人になってから感じた
「大丈夫だったこと」と「少し困ったこと」を、
正直に書いていこうと思います。

目次

大丈夫だったこと①|前提として「働くことはできている」

自分は不登校のあと、高校、専門学校へと進学し、
その後、社会に出て働き始めました。

就職活動は正直うまくいかず、
最初はフリーターとして働くことからのスタートでした。
そこから正社員になり、何度か転職を経験していますが、
現在も「働く」ということ自体はできています。

仕事を覚えるペースについても、
特別に早いわけでも、極端に遅いわけでもありません。
分からないことがあれば先輩に教えてもらいながら、
少しずつ覚えていく、ごく一般的な形です。

苦手な仕事は苦手ですし、
得意なことはそれなりにできる。
そのあたりも、人並みの向き不向きの範囲だと感じています。

不登校の期間、勉強にしっかり集中できなかった自分ですが、
それでも今は、親を頼らずに生活できる程度には、
働くことができています。

大丈夫だったこと②|仕事で学校の勉強を使う場面は多くなかった

これは就いている仕事にもよると思うので、
あくまで自分の経験の話になりますが、
仕事をする中で求められたのは、

・文章を読んで理解し、書く力
・小学生で習う程度の算数
・相手とやり取りするための対人コミュニケーション

このあたりが中心でした。

中学校、高校(そして恐らく大学も?)で習うような知識については、
働き始めてから、ほとんど使う場面はありませんでした。
分からないことがあれば、
その都度調べながら対応することもできます。

少なくとも自分の場合、
「学校の勉強ができないと働けない」
という状況ではありませんでした。

少し困ったこと①|資格取得や、専門的な学習の場面で

これまで生きてきて、
「勉強をしていなくて本当に困った」と感じる場面は、
正直そこまで多くはありませんでした。

ただ、「より深い学習」をしようとしたときに、
義務教育レベルの知識が前提として求められる場面は、
何度かありました。

例えば、私は現在WEB周りの仕事をしていますが、
これは少し恥ずかしい話で、
専門学校に通ったにもかかわらず、
情報系の国家資格を取得することができませんでした。

たまたまWEB系の仕事は、
資格がなくても入れるルートがいくつかあり、
ポートフォリオ(自分が現時点でできることを形にしたもの)を
評価してもらえたことで、
仕事に就くことができました。

ただ、資格の勉強を始めてみると、
義務教育で学ぶ内容が「すでに理解できている前提」で
話が進むことが多く、
ここは少し苦労した部分でもあります。

「勉強しなかったからダメだった」
というほどではありませんが、
より専門的な学習をする場面では、
義務教育の知識が土台として必要になることは、
確かにあると感じました。

少し困ったこと②|「働く前」に求められる場面がある

義務教育の知識は、
実際に働き始めてからは、
あまり必要になる場面は多くありません。

ただこれは、あくまで自分の実体験としてですが、
「働く前」の段階では、
必要になることがあると感じています。

私は地方在住なので、
いわゆる大企業とはあまり縁のない環境ですが、
それでも「地元ではそこそこ知られている会社」では、
筆記試験が行われることが少なくありませんでした。

正直に言うと、
その筆記試験がほとんど解けなかったことが、
何度かあります。

周囲が
「そんなの簡単だよ」
と言うような基本的な問題でも、
自分には分からない、という状況でした。

面接では手応えを感じていても、
あとから振り返ると
「たぶん筆記試験で落ちたな」
と思うケースもありました。

働く上で直接使うかどうかとは別に、
「義務教育レベルの学力を前提として持っているか」
を確認される場面が、
確かに存在するのだと思います。

まとめ|勉強は「生きるための必須条件」ではないけれど

自分がこれまで生きてきた経験を振り返って感じるのは、
「生きていくため(働くため)に、勉強は必須ではない」
ということです。

ただ一方で、
「より良い環境で働くためには、
 勉強が役に立つ場面は確かにある」
とも感じています。

もし、不登校だったあの頃や、
あまり勉強をしないまま過ごしていた
定時制時代の自分に戻れるとしたら、
もう少しだけ、勉強との向き合い方を
考えてみるかもしれません。

できなくても、分からなくてもいいから、
「勉強だけに向き合える時間」に、
最低限の知識に触れておけばよかったな、と
今になって思うことがあります。

自分の場合は、
多くのことを中途半端にしてきましたが、
結果的に「一つの分野」に絞って学習したことで、
今、働くことができているのかもしれません。

これは決して
「すごいでしょう」と言いたいわけではなく、

正直に言えば、
人としての地力や、能力の足りなさ(もっと深い部分を極めるという意味)を
感じる場面も、今でもあります。

それでも、
全部を完璧にこなさなくても、
少しだけ学習への向き合い方を変えるだけで、
将来の選択肢が、ほんの少し広がることも
あるのではないか。

そんなふうに、今は感じています。

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この記事を書いた人

中学時代に不登校→現在は2児の父親|妻も不登校経験あり|「今は不登校でも大丈夫、なんとかなるよ」と伝えられたらと思いブログを始めました。自身の経験から過去の自分と悩んでいる子、その家族の方に当時の心境や情報を発信しています。

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